企業のマーケティング支援をしている中で、「導入事例を充実させたい」という相談を結構な頻度でいただく。
BtoCでも、BtoBでもマーケティング上として、導入事例は有効な施策なので、昔は「いいですね!!」と言って、おすすめの作り方や魅せ方を提案していた。
しかし、自分で会社を経営するようになって、また、仕事柄たくさんの経営者と一緒に仕事するようになって、個人に個性や性格があるように、法人にも個性や性格が明確にあること。そして、個人において、自分の個性や性格に合った、洋服や髪型、付き合う友人を選んだ方が心地良いように、法人においても個性や性格を大切にしながら戦略や戦術、日々のオペレーションを組み立てた方が良い、ということを痛感した。
「ビジネス」の世界では、法人の個性や性格をあまり考えず、(B)の視点から最適だと思う戦略や施策を議論することが多い。いわゆる、「他社事例」や「ベストプラクティス」と呼ばれるものだ。
だが当社では、本来、(A)の視点から、会社のエネルギーの源泉である「想い」や「価値観」の文脈を捉えて戦略や施策を実行するべきで、その方が関わる人たちにとって楽しいプロジェクトになり、物事がスピーディーに進みやすく、結果として、成果を出やすくなると考えている。
そこで今回は、企業活動の大切な指針である「お客さんとどのようなコミュニケーションを取りたいか」によって、導入事例の構成や魅せ方がどのように変わってくるか解説したい。
導入事例の「ベストプラクティス」による弊害
はじめに、巷に流布するベストプラクティスを取り入れただけの導入事例を作ってしまうとどんなことが起きるかを紹介したい。
よくあるのが、有名企業のロゴを並べ、売上●●倍!や業務効率●分の1!などの成果を表現し、その掲載数を増やす方法。
導入事例も、マーケティングコミュニケーションの一つであることを考えると、このタイプの事例を見て、自社に問い合わせをしてきたり、製品/サービスを購入する人は、
- 有名企業で
- 成果を強く求める人たち
になる。仮に、自社が
- 中小企業やベンチャー・スタートアップを顧客にしたい
- 成果にこだわるのはもちろん、達成するまでのプロセスやサービス体験を大切にしている
このような場合は、自社の本来発信したい/すべきメッセージと、導入事例を通して発信しているメッセージが異なっているので、顧客との関係でミスマッチが起きる。
盲目的にベストプラクティスを取り入れるのではなく、自社が「どういうお客さんに、何を伝え、どんな関係性を築きたいと思っているか」を理解し、それに合わせて、事例コンテンツを設計する必要がある。
具体的にイメージできるよう、どのような導入事例の魅せ方をすると、どのようなメッセージが発信され、顧客にどう受け取られるのかを具体例で見ていきたい。
1.顧客とのパートナーシップを大事にしたい企業の場合
一例として、お客さんと中長期的なパートナーシップを築きたい企業(例:IBM社)であれば、お客さんが一人で話しているよりも、以下の事例のように「担当者とお客さんが一緒に話している」構図にした方が見せ方としては適切だろう。
ある意味ふわっとした上流の部分から、プロジェクト期間中に発生する様々な課題とその解決方法の相談に乗ってもらいたい人が問い合わせするだろうし、ある製品・サービスを導入して終わらせたい企業は問い合わせすらしないだろう。
2.最高の製品/サービスで顧客を喜ばせたい企業の場合
一方、なによりも、最高の製品・サービスを開発して、お客さんに感動を届けたい企業(例:Apple社)であれば、お客さんを中心にして、製品・サービスを使っていかに感動したか、素晴らしい体験ができたかを表現すると良い。
その場合、自社の担当者はあまり登場させずに、お客さんの喜びの声や、利用シーンにフォーカスした魅せ方が有効だ。
上記はAppleのMACの事例だけど、これを見て、「パソコンを使ってメールと簡単な調べ物ができれば良い」という人は問い合わせ/購入はしないだろう。
3.高品質の製品/サービスを安価に提供し、顧客に広く届けたい企業の場合
さらに、高品質の製品・サービスを安価に提供し、より多くのお客さんにインフラのように使ってもらいたい企業(例:ユニクロ社)は、対談形式でも、お客さんの感動を表現する動画でもなく、一つひとつは短くても、とにかく様々な業種・業態・規模に数多く導入されていることが伝わるようにした方が良い。
結果として、様々な属性(業種、業態、規模、用途など)の顧客から広くお問い合わせがあるだろうし、特別感やカスタマイズ性を求める人たちは問い合わせをためらうだろう。
4.成果にコミットしたい企業の場合
売上アップ、コスト削減など、顧客の成果にコミットしたい企業(例:ライザップ社)は、数字を強調したり、Before→Afterを訴求する事例で、自社製品/サービスでいかに成果が出るかを伝えるようにした方が良い。
わかりやすく有名なのは、ライザップの広告で、ライザップの利用前と利用後でどれほど変わったかを訴求している。当然、変わりたい!と強く思って、絶対に痩せたい人がサービスを利用するはずだし、逆に、ゆるやかに、生活習慣を整えながら、痩せていきたい人は問い合わせすらしないだろう。
5.お客さんに寄り添うことを大切にしたい企業
成果を出すことはもちろん、その間の関係性に暖かさや、おもてなしの要素をもたせ、その顧客体験を大切にしている企業(例:リッツカールトン社)は、成果よりも、成果を出すまでのプロセスで、どのようなサービス体験が提供されているかを訴求するようにした方が良い。
Airbnbでは、ゲストがAirbnbを利用して体験した一連のプロセスをGuest Storyとして紹介している。特別な体験したい人がサービスを利用するし、目的合理的に観光地をめぐり、泊まる場所には寝に帰れれば良い、という人は利用しないだろう。
6.顧客の課題に深く踏み込み、解決策を提供したい企業の場合
ただ製品/サービスを売るのではなく、ソリューションを売ることを大切にしている企業は、顧客のどのような課題を、どのようなに解決したのかを訴求した方が良い。
マニュアル制作の上場企業・グレイステクノロジーの事例では、課題と提案内容、その成果がセットで載っている。マニュアルの制作や運用に対して、「漠然とした、多種多様な課題があり、どこから手を付けて良いかわからない…。その相談から解決までを一緒にやって欲しい」企業が利用するし、マニュアル制作を安く外注することがゴールの企業は利用しないだろう。
まとめ
本記事では6つの切り口を紹介したが、一口に「導入事例」といっても、企業が「顧客とどのようなコミュニケーションを取りたいか」「どんな価値を提供したいか」によって、集める情報や表現の仕方は大きく変わる。
ベストプラクティスの導入に留まらず、企業活動の「根幹」にあたる顧客とのコミュニケーションや自社が大切にしたい価値観を理解し、マーケティング戦略や施策を実行できれば、そのマーケティング活動を通じて企業の「根幹」に対するフィードバックが得られ、経営や事業が前に進んでいく。
すでに自社サイトやパンフレットに導入事例を載せている企業は、どのようなターゲットに、どのようなメッセージを伝えるものになっているか、今一度、チェックされてはいかがだろうか。